埼玉の歴史

埼玉県は、かつての武蔵国の北側部分と下総国の一部がもとになっている地域です。埼玉県の歴史は極めて古く、県名発祥の地として有名な行田市には、国宝の鉄剣が出土したことで有名な、さきたま古墳群があります。さきたま古墳群がある行田市は、江戸時代には武蔵三藩の一つとして重要であった忍藩があった地域でもあります。忍藩は10万石の城下町として栄え、近代化以降には北埼玉郡忍町となり、戦後に市制を施行するときには忍市となるはずでしたが、結局は行田市という地名になりました。

忍藩と並んで、武蔵国の大藩であったのが川越藩です。江戸を守るために極めて重要な場所にあった川越には、譜代や親藩の家臣が藩主として配されたのです。小江戸と呼ばれ、江戸時代を通じて城下町としても商人の町としても繁栄を極めた川越は、1922年には埼玉県内の都市で初めて市制を施行しています。川越市に遅れて、1933年には熊谷市と川口市が市制を施行しています。戦後には県内の人口が急増して市制施行が相次いで、埼玉県内にある市の数の多さは日本一となりました。